bleibt_laenger’s blog

日独比較文化などなど

自分の意見を言う能力

皆さんは„Selbstbewusst“(ゼルプストトベヴスト)というドイツ語の単語をご存知だろうか?辞書やネットで調べると「自信のある」とか「自己の確立した」などと出てくるが、そもそもドイツ語を知らない人達には、その言葉の訳すら縁がないだろう。

どちらの訳もやや問題があることは、すでに多くの方が指摘しているが、とにかく非常に訳しにくいのだ。というのも、日本語の「自信」という言葉が「ある」と言う言葉と結びつくと、「自信過剰」という熟語が想起されやすく、また後者の訳では「自意識過剰」、あるいは„Selbstbewusstsein“(ゼルプストべヴストザイン)という名詞の訳である「自意識」「自己同一性」という心理学的、哲学的用語の印象が強くなってしまう。

いずれにしても、容姿や能力に自信のある人を「あの人はゼルプストべヴストだ」というのだが、これはドイツではどちらかと言えば肯定的な評価であるのは間違いない。

しかし筆者は、この「ゼルプストトベヴスト」という言葉にあえて容姿に関係する訳を省いて「自分の意見を言える」「自分の意見が確立した」という訳文を当てたい。


というのも、「自分の意見を述べられること」はドイツ社会において -また多くの欧州社会において- 「社会的要請」となっているからである。


恐ろしいことにドイツの国語(つまり母国語)の授業では、小学校高学年から自分の意見を言える能力のレベルが「成績に反映される」。つまり、国語の授業で発言できないものは、成績がマイナスになるのである。ドイツという国は声を上げないものが不利益を被る社会なのだ。筆者はそれを体験として学んでいるので、こんな話をしよう。


もう20年ほど前のことだ。某ハンバーガーチェーン店に行って、とあるメニューを頼んだ。そのメニューでは普通のポテトではなく、皮付きのポテトが選べるので、それを強調してテイクアウトで注文した。しかし筆者を担当した店員は普通のポテトを袋に入れてきた。そこで筆者が「注文したのは皮付きポテト!」と指摘すると店員の彼はこう言うのだ。「だってもう用意しちゃったし。」筆者の内心で(いやまて、それお前が間違えたからだろ...)とツッコミを入れつつ、(まあ、もう普通のポテトでいいかぁ...)と妥協しかけた。しかしまさにこの瞬間、筆者の体にある種の雷が走った。いや、心の中でもう一人の筆者が強く語りかけてきた。「お前このまま流されるのか?ドイツでずっとそういう風に生きていくつもりか?」と。


そうなのだ。この時までいろんなことがあった。筆者がICE(ドイツの新幹線)に乗ると、予約した席にすでに人が座っていたりとか、電話の工事がアポ通りの時間に待てども待てども来ないとか、階下のアパートで朝5時までディスコパーティが開かれて寝れないとか、些細な、しかし確実に精神にダメージを与えてくれる「不都合や迷惑」である。


それがフラッシュバックのようにハンバーガー屋で思い出され、店員に筆者はこう伝えた。「俺が注文したのは皮付きポテト!」と。その店員は「チッ」と言って謝りもせず、しぶしぶ注文品を持ってきた。この日以来基本的に筆者は自分が被る些細な迷惑には、キチッと反論するようにしている。


幸いにして、多大な迷惑というものを第三者から被ったことはほとんどないが、もし貴方が何らかの多大な迷惑を外国で被った際に、貴方は「言葉が喋れないから」とか「自分が我慢すればいいだけだから」と自分を納得させられるのだろうか?そのやり方が日本で通用している(ように見える)のは、皆が我慢している(ように感じられる)からだ。貴方の子供や配偶者が不利益を被っていても、貴方は「我慢して」と言い続けるのだろうか?


外国語を学ぶ際に、「自分の意見が言えないと不利益を被る」可能性については誰も言及してくれない。某漫画で強調されているように「世間は、肝心な事を何も教えてくれない」のである。日本の高校までの教育では、「自分の意見を口頭で言う能力」を基本的に重視していないのは、それが反抗的な態度に解釈されやすい、つまり教師に従順でない印象を与えやすい面もある。ただ、皮肉なのは、その能力が大人になれば急に必要になることだ。日本の社会では、文章で自分の意見を言えれば口頭での能力はそこまで要求されないが、貴方が出世すればするほど「大勢の前で意見を求められる機会」が多くなる。


だからと言って、筆者は「日本はもっと自分の意見を言えるような教育をすべき」とは一概には思わない。(欧州の言語学習では必要と思っているが)

と言うのも、この「自分の意見を口頭で言う能力」は、日本の美徳である「他者への尊重」と根本的に合わないと思っているからだ。次回はこの「他者への尊重」文化について、もう少し筆者は考察していきたい。